
このあいだの天気が良い日に,里山を散歩してみたいと思い,近郊の農村に出かけてみた。天気の良い日で,里山の爽やかな緑を見ながら,用水路に沿って少し歩くと,水が張られた田んぼがあった。「五月上旬といえば田植えの時期か」と思って田んぼよくよく見ると,かつて見慣れた田んぼではなかった!
田植え直後の田んぼと言えば,草丈20cmほどに育てられた苗を数本束にしたものを一株として,等間隔に整然と植え付けられた状態が,かつての光景だった。しかし,いま見るこの田んぼでは,草丈がせいぜい10cmほどの細くてモヤシのような弱々しい「草」が株ではなく1本ずつ植えられているのだった。これは田植えを終えた本田(ほんでん)ではなく,苗代か?と疑問に思う程だった。
疑問を持ったまま家に帰り,いろいろと調べてみると,モヤシを植えていた田んぼは,驚くほど進化した現代の稲作の姿であることが分かって来た。
1. ひ弱なモヤシのような苗の正体
昔は「苗半作」と言い,強い苗を作れば稲作の半分は成功したものとされていた。しかし,今は肥料そのものや施肥技術,農業機械,農業土木などの進歩によって,以前より小さな苗を田植えすることが可能になったと言う。
少し前から稲苗は,苗代ではなく種苗箱に仕込んだ苗床をビニルハウスで育てるようになっている。苗代方式ではおよそ50日もかけて草丈30cmにもなる「成苗」を育てていたが,現在の主流は20日ほどで草丈15cm以下の「稚苗」を育てるものである。さらに驚くのは,まだ胚乳が残る「乳苗」を10日ほどで田植えすることもあると言う。
若い苗は一見するとひ弱であるが,根を張る力が強くて田んぼへの活着(根付き)が良い。また育苗期間が短縮できるということは,農家の労働コスト,管理コストを合理化することができるということである。
2. 農業機械の制御技術
一昔前の田植機は,複数本の苗の根が固まってマット状になったある程度太い苗束でないと,その「植え付け爪」が苗束を掴めなかった。しかし,現代の田植機はピックアップ精度が向上し,大きく太い成苗の束よりも小さく均一な一本ごとの苗のほうが都合が良いのだそうだ。
田植前の乾田状態の圃場は,トラクターで牽くレーザーレベラー制御される均平機械で徹底的に均平化し,注水後は精密な水深センサー付き代かき機械で泥面の均平性をmm単位で仕上げるという具合なのだそうだ。そして,田植えの本番で用いる8条田植機は,1本ずつ掴んだ稚苗を水面と泥面を測りながら適切な深さで植え付けて行き,それと同時並行して施肥と農薬施用も行う。
これら高度なディジタル制御技術を備える農業機械は,GPSによる位置決めとドローンによる空撮と併用されることも多いという。
3. 革命的な農業土木
1993年のGATTウルグアイラウンドの合意を承けて,我が国は農業基盤の整備に6兆100億円もの投資を行った。このウルグアイラウンド対策事業に,農業用水・農業排水の整備および,圃場の区画整理などの農業土木事業が占める割合は50%を超えた。
これら大規模な農業土木工事の結果,圃場の大区画化と乾田化が実現した。つまり,用水を止めて排水すれば,それまでの泥沼の田んぼがたちまち堅い地盤の畑地となり大区画化されたこととも相俟って大型農業機械を導入できるようになったのである。つまり,ウルグアイラウンド対策としての大規模な農業基盤整備が,機械化と,更には一本苗の田植を支えているのである。また当然,稲作の裏作として畑作も適応できるのである。
4. 収穫倍数と反収の向上
収穫倍数とは,一粒の種籾から何粒の米が収穫できるかの係数のことである。また,反収とは,田んぼ一反(10a)あたりの収量のことである。上に述べた現代の稲作技術の総合的な成果として,収穫倍数と反収は劇的に向上している。
農業統計から,まず収穫倍数を見ると次のようになる。
- 中世(15世紀頃): 約20倍
- 近世(江戸〜明治): 約30〜40倍
- 昭和50年代: 約100倍〜120倍
- 現代: 約130倍〜150倍以上(品種によってはそれ以上)
次に,反収を見ると,次の通りである。
- 昭和56年(1981年)当時の全国平均反収は、480kg〜500kg 程度だった。
- 現在の反収は、平均して 530kg〜540kg、多収性品種や高度な管理を行っている圃場では 600kg(10俵) を超えることもある。
数百年のスパンで眺めた稲作の生産性の向上もさることながら,ここ数10年の飛躍も驚くべきレベルであることが実感できる。
5. まとめ
久しぶりに田んぼを見て,自分の今浦島ぶりを改めて認識した。現在の田んぼに間んする疑問を解くためにいろいろと調べているうちに「日本の農業は大変であることは分るけれど,高度なディジタル管理・制御が進み,かつての泥にまみれた農業から,人間がほとんど土に触れないスマート農業になっているんだ」ということを改めて認識した次第である。
1980年に466.1万人だった農業人口が,2023年には116.4万人へと激減しているが,これを後継者難による農業崩壊の危機だと煽る向きが多い。しかし,考えようによっては,2023年の農業は1980年の4倍の労働生産性を達成していると言えるのである。
今浦島となってしまった50年前の農学生が本稿をまとめるにあたっては,GoogleのAIサービスGeminiに農業統計やセンサスの資料集めを手伝ってもらったことを付記しておく。

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